Liou×Princess (王宮夜想曲)


『君が僕のものになってくれればカイン様の暗殺を止めてもいい』

 建国祭前夜、私たちは取引を交わした。
 私は彼の要求どおり彼のものになり、彼は約束どおり私とカインを守り続けてくれている。

 忘れ得ない夜だ、――私にとっても、彼にとっても。
 彼にとっては、それまでの彼を取り巻くもの全てを切り捨てた夜。
 私にとっては、淡く幼い恋心が終わりを告げた夜。
 けれど同時に、私の中に新たな想いが宿るきっかけとなった夜だということに、きっと彼は気づいていない。
 自分の選択を後悔しないと心に決めた私だけれど、あの夜の出来事が優しい記憶に変わる日は永遠にやって来ないだろうと思う。
 ――けれど、そうだとしても。
 それでも尚、私が彼を恋わずにいられないことを他ならぬ彼が気づいてくれないのだ……否、気づいていたとしても、信じることができないのだろうか。

 あの夜以来、彼は必要以上に私に触れようとはしない。腫れ物に触るかのような態度で私に接し……あの取引によって彼が得たはずの権利を――私を自由に扱える権利を行使することも、ただの一度として無い。
 その理由も、私にはなんとなく分かっている。
 彼は私に対して罪の意識がある。そして思い込んでいる、私が彼を心の底では嫌悪し、いまだに怖がっているのだと。
 一直線とも言える思い込みは、聡いはずの彼の目を曇らせ続けている。

 そして私もまた、いまだに彼の中に踏み込めないでいる。
 身体は結ばれても、心はいまだに寄り添えないままだ。
 彼の心に触れたいと願っているのに、完璧なまでに取り繕われた宮廷楽士の仮面に阻まれ、それが叶わない。
 彼はやんわりと私を遮断し、どんな時も揺るがない。否、揺らぐ姿を決して私に見せようとしない。
 それは彼の矜持なのか、彼なりの優しさなのか、私には分からない。
 けれど宮廷楽士の仮面の下にある素顔の彼を知らなければ、そして彼に私の気持ちに気づいてもらえなければ、私は本当の意味で彼には近づけないのだ。
 どうすれば彼の心に手が届くのだろう。

 互いの気持ちはきっと同じだと、私はそう信じることに決めたけれど、どちらもあと一歩を、決定的な一歩を踏み出せないでいる。
 私たちの間に存在する微妙な距離感――。
 私には、それが酷くもどかしかった。





act1. PRINCESS






 激しい雨風が、外を縦横無尽に荒れ狂う夜。
 耳が痛むほどの雨音と雷鳴はここにきて俄然勢いを増し、実に不快なハーモニーを奏で続けていた。
 そしてもう一つ、それと同じくらい耳障りなのが、この胸の鼓動だ。
 同じテーブルを囲む者たちに聴こえていないだろうかと……杞憂だと分かっていながら尚も気になってしまうほどに、私の心臓は早鐘を打ち続けている。
 おまけに、ドレスの下の体のそこここから滲み出る汗が気持ち悪い。
 そんな中、またも轟音とともに鋭い稲光が走り、反射的に竦みそうになった我が身を抱きしめたい衝動に駆られるけれど、そうすることは私の立場が許さなかった。
 だから私は、なけなしの気力を総動員してそれをこらえる。

 窓の外は漆黒の闇に覆われているというのに、その一瞬の閃光で外の風景がはっきりと映し出されるほどに、その雷光は凄まじい。
 けれど、この部屋にいる私以外の者たちは、誰一人としてそれを気にかけることがない。皆、それほどまでに議題に熱中しているのだ。
 私自身、集中力を欠いているべき時ではないと分かっているけれど、どうしても叶わない。私にとっては、この状況はそれほどまでに耐え難いものなのだ……我ながら心底情けなくて歯噛みしたくなるけれど、これは理屈ではない。
 全身が緊張し、息苦しささえ感じるのは、私の心理状態が限界に近いところまできているせいなのだろう。少しでも気を緩めれば、今にも情けない悲鳴が飛び出してしまいそうだ。
 なんとかこらえなくては――そう思って、周囲に気取られないよう努めながら、奥歯を強く噛み締め、テーブルの下に隠された両手を固く握り締める。
 ここで叫び声を上げるわけにも、耳を塞ぎうずくまるわけにも、ガタガタと体を震わせるわけにもいかない……そんな無様な真似は決して許されない。
 だから、止まらない冷や汗や動悸に気づかないふりをしながら、無理やりにでも平静を装って自分に必死に言い聞かせるのだ、――あと少し、もう少しの辛抱だと。

 今ようやく、会議の進行役であるジークが締めの総評に入ったところだ。緊急の案件が飛び込んだために予定が押しに押し、深夜にまでずれ込んでしまった王室会議もあと数分もすれば幕を下ろすだろう……尤も、その数分でさえ、私には辛く長いものであるのだけれど。
 あと少し、もう少し。
 心の中で呪文のように繰り返し、私は気持ちをなんとか奮い立たせていた。

 そして、待ちかねた時がやってくる。

「それでは、これにて王室会議を――」

 閉会いたします。
 そう続くはずだった、それが威厳のある青年の声に遮られてしまわなければ。

「待て」
「エドガー殿。何か?」
「この際だ、来週迎える賓客の警護の件で、少々打ち合わせをしておきたい」

 思いがけない伏兵の登場に一瞬気が遠のきかけて、体がわずかに揺らいだ。背もたれのおかげで姿勢が見苦しく崩れることがなかったのが救いだ。

「しかし、今夜はもうこんな時刻ですし……」
「だからどうした」

 今回の王室会議は開始が遅れに遅れた上に、出席者たちの熱の入りようから、終了時刻を大幅に超過している。もう警備兵やここにいる私たち以外は皆寝静まっている頃だ。
 それにエドガーの言う「少々」が実際には少々で済みそうにないことは、ここにいる全員が気づいている。ジークが控えめながらにも渋る素振りを見せたのは、無理なからぬことだ。
 アストラッドやヴィンセントも、心もち渋い顔をしているように見えなくもない。けれど声高に反対するほどの理由も見当たらないから、気が乗らないながらもとりあえず黙っている――そんな感じだ。
 けれどそんな微妙な空気など、エドガーは意に介する様子はない。
 合理的な彼のことだから、たとえ徹夜で会議続行をしてでも、後日再度関係者を集める二度手間を省いてしまいたいのだろう。
 本来この国で最も立場が強いのは次期国王であるカインのはずだが、王室会議における彼の立場は決して強いものではない。当然だ。カインは今、教育担当者たちに支えられている立場にあり、そしてこの会議はそのカインの学習成果と今後の目標について検討される場なのだから。
 エドガーに遠慮しているのかどうかは不明だけれど、とにかくカインが口を挟む気配は無い。
 この場で最も強い発言力を持っているのは、国王補佐であるエドガーとオースティン叔父であり、そのエドガーの提案とあらば、他の者たちは正面を切って異を唱えにくいだろう。
 だったら私がと思うけれど、今口を開いたら真っ先に悲鳴が零れてしまいそうで、結局口を噤んだまま成り行きを静観することしかできない。
 オースティン叔父に一縷の望みを託したものの、どうやら否はないようだ。叔父も、そのほうが効率的だと考えているのかもしれない。
 だけど。

 このまま会議が延長されたら、私はあとどれほどの我慢を強いられることになるのだろう……想像しただけで目の前が真っ暗になる。
 私の理性はすでに臨界点を突破しようとしているのに。
 今も叫び声をあげてしまいそうなのに。
 あと少しで解放されると期待していた反動もあって、改めて気持ちを鼓舞することは難しい。
 無理だ。これ以上我慢できる自信などないし、できるはずがない。
 ――もう、駄目だ。
 そう思って私が席を立ちかけた、その時だ。涼やかな声が、その場にやんわりと響いたのは。

「おそれながら、皆様いささかお疲れのご様子。まずは小休止をとられてはいかがでしょうか」

 会議出席者たちの視線が一斉にその声の主へと向けられる。
 物静かで怜悧な雰囲気を漂わせている青年――品位の教育担当者、リオウ。
 彼は、見る者の心を凪いでしまうような微笑みを浮かべた。

「疲れが取れると評判の香草茶がございます。よろしければお淹れ致しましょう。明日はカイン様と姫が城下に下られるとのことですし、皆様もお疲れを残されてはいけません」

 エドガーが僅かに目を見張った。どうやら私とカインの視察予定を失念していたようだ。明日の視察は近場で規模が小さいものだから、あるいは初めから把握していなかったという可能性もあるけれど。
 だからこそカインもエドガーの提案を却下しなかったのだろう。もっと大規模な視察であれば、視察に備えて今夜はもうお開きにしてくれと、さすがに言い出していたはずだ。
 けれど、規模の大小に関わらず視察はれっきとした公務に違いなく、私たち王族は国民に疲れた顔を見せるわけにはいかないから、今夜無理をするのは好ましいはずがない。
 エドガーはそれをリオウにやんわりと指摘された形になるけれど、彼はそれに鼻白むことも差し出がましいとリオウを咎めることもしなかった。
 エドガーは少し思案するように押し黙っているけれど、リオウの態度を不快に思っているような様子は見られない。むしろ自分に対して物怖じせずに進言してきたリオウを小気味好く思っているのではないか――私にはそう思えたし、それはあながち的外れな考えではないだろう。
 少なくとも建国祭でリオウがカイン暗殺を防いで以来、エドガーのリオウに対する評価が以前と変わったのは間違いないはずだ。
 尤も、それはエドガーにのみ当てはまることではなく、王宮内の誰もがあれ以来、リオウに一目置くようになっていると言っても過言ではない。
 それでなくても、宮廷楽士リオウは不思議な雰囲気を備えている。
 平民でありながら一国の王子の品位を高める役目を任じられた彼は、常に控えめで、かと言って卑屈さの欠片もない態度で、すんなりと人の心に入り込んでくる。
 礼儀正しく、気配りができて、貴族と比べても遜色のないほどに物腰も優雅で。
 彼と接することで不愉快な思いをする者など、果たしてこの王宮内にいるのだろうかと本気で思わせるほどに、リオウの評判は良い。
 彼の今の発言にしても、彼以外の者が口にしようものならば、今とは全く違う響きに聴こえてエドガーの不興を買っていたかもしれない。けれどリオウは自然体で、その発言には一切の嫌味が感じられず、実際にこの場の空気は全く悪くなっていないのだから、リオウのやりようは見事だとしか言いようがない。

「エドガー、今夜はもう遅いし皆も疲れているだろう。明日の予定に障っても事だ。これで散会とするがいい」
「承知致しました。では警護の件は後日改めてということに」

 オースティン叔父の言葉で全てが決着した。エドガー自身も納得しているのだろう、彼は素直に頷くだけでリオウに対して何か含みを持たせた言動を見せることも、やはり無かった。
 そして、ようやくの会議終了に、皆が心地よい開放感を感じて表情を和らげている。
 本来なら私もほっと一息つきたいところだけれど……生憎と今だけはそんな心境にはなれなかった。
 ――早く部屋に戻らなくては。早く人の目から遠ざからねば。
 とにかくそのことで頭がいっぱいで、会議出席者との挨拶もそこそこに足早に廊下に出る。だけどその時、一際大きい雷鳴が鳴り響いて……喉元まで出かかった悲鳴はかろうじて呑み込むことに成功したけれど、それ同時にぐらりと傾いてしまった身体については、もうどうすることもできなかった。
 いけない、と思っても、時すでに遅しだ。

 ――なんてこと。せっかくここまでこらえたというのに……!

 会議室の前には警備兵もいるし、出席者たちだってまだ近くにいる。
 それなのに、ついにこのまま床にへたり込んでしまうのか、みっともない姿を人目に曝すことになるのかと、絶望的な気持ちで全てを諦めかけた瞬間。
 私を支える力強い腕の存在を感じて顔を上げれば――。

「リオウ……」
「城内とはいえ、こんな時刻ですから。よろしければ部屋までお送り致します」

 にっこりと微笑みながら自分の身体で死角を作り、そこで素早く私の体勢を立て直した彼は、すぐに私から手を離して一歩距離をとる。近くにいる者たちの目を気にしてのことなのだろう。
 そして私にだけ聴こえる声で告げたのだ――あと少し、我慢できますね? と。普段よりも、少し低く、硬い声で。
 それは問いかけ、あるいは確認というよりも、「あと少しの我慢です、だから頑張りなさい」と発破をかけられているように私には聴こえた。
 驚き、問いかけるような目を向ければ、彼はやはり小声で続ける。

「大丈夫、雷はすぐに収まります。だから部屋に着くまでは、姫らしく背筋を伸ばして」

 私は息を呑んだ。
 リオウは私の状況を全て的確に見抜いていたのだ。
 たしかに今夜の私はいつもと様子が違っていたかもしれないけれど、実際には誰にも気づかれていないと……これまでのように、なんとか誤魔化すことができたと思っていたのに。
 では、もしかして……。
 リオウがエドガーの提案を下げさせるような真似をしたのは、出席者たちへの気配り、つまり彼らの心の声を代弁してあげたわけではなくて……私を助けるためだったのだろうか。
 だけど今はそれをじっくり考えている余裕はなく、私は彼の言葉に真摯に頷いていた。
 ――そうだ、せめて部屋に戻るまでは、しゃんとしていなければ。
 私は顎を引き、背筋を伸ばした。
 最後に一度だけ小さく深呼吸をして再びリオウを仰ぎ見れば、彼は微笑み、頷いてくれる。それでいいんだよと言われているような気がして、私は情けなく緩みかけていた目元と口元も、改めて引き締め直すのだった。

 リオウに先導されるような形で自室へと向かう。
 本当ならばたいした距離ではないはずなのに、やけに長く感じる廊下を、私たちは無言のまま進んでいく。廊下にはまばらに兵士が配置されているから、あくまでも王女とそれを部屋まで送り届ける者としての距離感を保ったままで――。
 リオウはただ私の前を歩くだけ。
 その間も絶え間ない轟音と稲光が私を慄かせたけれど、それでも表面上には自分を崩すことなく部屋にたどり着けたのは、ひとえにリオウのおかげだった。
 一国の王女ともあろう者が本気で雷に怯えているなんて……すでに呆れられているのだろうが、せめてこれ以上みっともない姿を曝して彼を失望させたくはなかった。
 だから私は気がくじけそうになるたびに、目の前の背中を見て自分を叱咤し続けたのだ。
 リオウという歯止めが無かったなら、兵士の目も淑女としての振る舞いをも忘れ、廊下を駆け抜けて自室を目指していたかもしれないほどに……その時の私は限界に近かったのだ。

 ようやくの思いで部屋に辿り着き、扉が開いたその瞬間に、それまで張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れて……またここでリオウに支えてもらわなければ、今度こそ私は無様に床へと崩れ落ちていたはずだ。
 彼の助けなしに自分で自分の身を支えようとするけれど、足にうまく力が入らず、リオウはそんな私を片手で支えたまま、巡回兵に気づかれないようにその身を扉の中に滑り込ませ、扉を閉めた。

「失礼します」
「きゃっ」

 突然身体がふわりと宙に浮いた。リオウの両腕に抱きかかえられたのだ。
 焦ってリオウの顔を見たものの――。

「リオウ!?」
「不愉快かもしれませんが、少し我慢してください」

 彼は平然としたもので、一人うろたえてしまった自分が少し気恥ずかしくなる。
 トクン……と、胸の奥で音が鳴った。
 力強い腕だ。女性とはいえ大人一人を抱えていながら、彼は、まるで重みを感じていないかのような涼しい顔をしている。身体が揺らぐことも無い。
 細身であっても彼が逞しい身体を隠し持っていることを、私は身をもって知っていた。
 この力強さを肌で感じるのは、これで二度目だ。
 トクン、トクンと……徐々に速まっていく鼓動に、俄かに波立ち始めたこの心に、リオウは気づいているのだろうか。肌から肌へ、伝わっているのだろうか。
 ――それに気づいてくれればいい、伝わってくれればいい。
 切に願っていた。私が言葉にすることができない気持ちを、うまく伝えられないこの想いと熱情を、直接彼の肌で感じ取ってもらいたかったから……。

 ――貴方に触れられても不快でないのだと。
 むしろ、その逆なのだと。
 この胸の高鳴りは、偽りない私の気持ちの表れなのだと。
 彼に気づいてもらいたかったのだ。だって彼はきっと私の気持ちを見誤ったままなのだから。

 リオウは私を部屋の隅にあるソファへと降ろした。そして自分はすぐに身を退いて、私との間に距離をとろうとする。

「待って!」

 離れゆく腕を咄嗟に追いかけていた。
 その時の私は、どういう気持ちで彼に取り縋ったのだろう。
 部屋でただ一人、雷に怯え、恐怖に耐えなければならないことが嫌だったのか。
 私の心を誤解したままの彼を、このまま行かせたくなかったのか。
 それともただ単に、彼と離れたくなかったのか。
 どんな理由からだとしても、私は彼にここにいてもらいたい一心で、掴んだ手を離せずにいた。
 リオウは私の懇願をどのような意味に受け止めたのか。
 彼は無言のまま、だけど私の手を振り払うことはしない。視線を逸らせずに……その場に立ち尽くすだけだ。
 そんな彼が何かを言おうとしてようやく口を開きかけた瞬間――またしても大地を割るような落雷が私たちの耳を直撃し……。

「いやぁっ!」

 私は今度は抑えようのない悲鳴を上げて、リオウに強くしがみついていた。

「いや、いやぁっ」
「大丈夫です、落ち着いて」
「リオウ、行かないで。お願いだから、そばにいて……!」
「姫……」

 リオウは困ったように苦笑を浮かべたけれど、私の隣に腰を下ろし、ほんの数秒間を置いてから私の身体を抱きしめてくれた……躊躇いがちに、柔らかく。
 壊れ物を扱うかのようなその仕草にきゅっと胸が締め付けられたけれど、それは一瞬で途切れてしまう。天を切り裂くような稲妻の前には私の思考も感覚もその何もかもが鈍り……恐怖以外、何も感じられなくなってしまうのだ。
 私は必死にリオウにしがみつき……後はもう、みっともないとか王女としてあるまじきことだとか余計なことに気を回す余裕もなく、彼の胸に顔を埋めたまま、身体の欲求に逆らうことなく素直に全身を震わせるばかりだった。
 そんな私の背を、リオウは何度も優しく撫でてくれた。まるで子どもをあやすような仕草で、何度も何度も。雷が鳴るたびに悲鳴を上げ、身を竦ませる私を、そのたびごとに優しく抱きしめ直して、大丈夫ですよと繰り返し囁きながら。

「リオウ、リオウ……!」
「大丈夫です、僕はここにいます」

 馬鹿の一つ覚えのように彼の名を呼んで震え続ける私を、リオウもまた根気良く慰め続けてくれる。

「リオウ……そばにいて。お願いよ、どこにも行かないで……」
「……大丈夫だよ、姫。僕は君のそばにいる。だから安心して……」

 彼の口調がそれまでとは少し変わり、私を抱きしめる力が強まったことに、けれどその時の私には気づく余裕がなかった。




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