孟徳+花 (三国恋戦記)


 昨日に引き続いて東屋に連れ出された花は、いつもとは少し様子の違う孟徳を訝しく思いながら、向かいに腰掛けた彼をじっと見つめていた。
 孟徳は腕を組み、さっきからずっと黙り込んでいる。
 やっぱり様子がおかしい。
 改めて花は思った。
 花に対していつも明朗闊達な孟徳が一向に話しかけてこないこともそうだし、表情もどこか硬い。
 どことなく落ち込んでいるような。
 何かを思い悩み、困っているような。
 話をどう切り出そうかと、迷っているような。
 孟徳は一国の丞相という重職を担っている。ましてや今は戦乱の時代だ。さぞかし彼の頭を悩ませる懸案が多いことだろう。
 最近の出来事で言えば、たとえば荊州の一件がある。
 かの地が孟徳軍の手に落ちて以降、うわべには民の暮らしに大きな変化や混乱は見られなかったけれど、孟徳軍は歓迎されて荊州に入ってきたわけではない。侵攻してきたのだ。
 水面下ではきっと穏やかとは言い難い状況が多々あっただろうし、現在だってあるだろう。
 今何か大きな問題が起こり、孟徳はそれを自分に相談しようとしているのだろうか。
 そう考え、花はすぐにそれを打ち消すように「いやいや」と心の中でかぶりを振った。
 国の大事を、正式に仕官したわけでもない小娘に相談するはずがない。相談されたところで、異国出身の女子高生に答えられることなどないに等しい。
 けれど、この世界での自分の肩書きが「軍師」であることも花は承知している。だから軍師としての花に孟徳が意見を求めることもあるのかもしれない。
 花はそうも考え、そして困った。
 戦のことならば、まだいい。孟徳に本を見せてもらいさえすれば策を出すことは可能だろう。
 けれど孟徳の相談事が政治や経済などといった、本の導きが期待できない分野ならお手上げだ。

(でも、だからって)

 たとえたいした役に立てなくても、あんなに深刻そうな孟徳を前にして話を聞きもせずに素知らぬふりを決め込めるほど花は薄情ではなかった。
 それにもしかしたら孟徳が抱えているのは戦や政治などの難しい話ではなく人間関係などのプライベートな悩みかもしれないし、日頃の愚痴を聞いてもらいたいだけかもしれない。
 兎にも角にも話を聞いてみないことには何も始まらない。

「あの、孟徳さん」

 意を決して花が沈黙を破った。

「私でよければ話を聞きますよ? あんまり難しい話ならたぶん聞いても分からないし力になれることもあまりないかもしれませんけど、私にできることがあれば何でもお手伝いしますし精一杯頑張ります。だから一人で悩まないでください」

 孟徳が目を瞠った。突然思いがけないことを言われたからだ。

「鬱憤がたまっているのなら遠慮なく私に愚痴ってください。これでも私はけっこう口が堅いので、ここで何を聞いても絶対に文若さんに告げ口したりしません」
「……文若?」

 なぜここで何の脈絡もなく文若の名前が出てくるのだと怪訝に思った孟徳をよそに、花は非常に言いづらそうに、わずかに罪悪感を滲ませた表情で口を開いた。

「人の悪口は決して褒められたことじゃないですけど、目が開いているのかいないのか分かんないってアレも、目を閉じたまま歩く世にも珍しい官吏ってアレも、何の趣味も特技もないつまらない男だってアレも、女の人にもてない寂しい男だってアレも、石頭なんじゃなくてそもそもが人間の形をして生まれてきた石なんだってアレも、言って孟徳さんの気が晴れるなら、今は聞かなかったことにします」

 だから大丈夫です、安心してください! と力強く、なおかつ真剣そのものの顔で言い切られ、孟徳は言葉を失った。否、呆気に取られた。
 王者の風格を備え常に威風堂々としていると評される男がぽかんとして年若い女の子を見つめている様は、傍から見たらあまりに間が抜けていて、さぞかし滑稽なことだろう。孟徳自身ですら、そんな自分の姿は滅多に拝めるものではない。――残念ながら今の孟徳にそれを確認する術はないけれど。
 やがて孟徳が我に返れば、今度はじわりじわりと何かが込みあがってくる。
 花は、孟徳に愚痴があるとすれば、その発生源は文若だと完全に決め付けている。
 もちろん花に文若に対する悪意があるわけではなく、ただ日頃から文若の書簡攻めにうんざりして悪態をついている孟徳の姿を見知っているからこその自然な発想だった。実際、花が口にした数々の『アレ』は全て孟徳考案の暴言である。

 けれど、もしも文若が今の成り行きと花の発言を知ったら。

 この数年で深度を増したと評判の眉間の皺をさらに深くし、頬をぴくぴく震わせるようにして静かに、そして限りなく根深く怒り狂うだろう文若の姿を想像すると―――それ以上笑いをこらえることは不可能だった。
 ぶふっ、と笑いが吹き漏れたと思ったら、弾かれたように孟徳が笑い出した。
 あはははははは! と子どものように声を上げ、腹の底から笑ったのは何年ぶりだろう。
 こらえきれない、勘弁してくれ! と言わんばかりに腹を抱えている孟徳に花が目をぱちくりさせているのを涙目で見やりながら、孟徳は本気で苦しくなってきた呼吸を必死になだめ、目尻の涙を拭った。

「な、なんで笑うんですかっ!?」

 慰め励ますつもりがまさか馬鹿笑いされるとは夢にも思っていなかったのだろう、花の困惑顔に孟徳の頬がまた緩む。
 花のいじらしい申し出は、残念ながら見当違いもいいところだった。うっかり気を抜いた途端にまた笑いが込み上げてきそうなほど、愉快な発言だった。

(ああ、だけど)

 花の申し出は心のこもった発言だった。
 結果として内容が文若への暴言になってしまったとしても、孟徳を笑い転げさせたとしても、花が孟徳を案じて力になりたいと思った言葉は真実だった。そこに込められた気持ちには何一つとして嘘はないと、嘘を見抜ける孟徳だからこそ分かる。
 孟徳が少しでも悩む素振りを見せたなら、今の花のように「力になりたい」と申し出る者はいくらでもいる。
 孟徳の気を引くために。
 孟徳の機嫌を取るために。
 孟徳の信頼を得るために。
 孟徳に恩を着せるために。
 ――つまりはその後の丞相からの見返りを期待して。
 女だろうと部下だろうと中立の立場にある者だろうと敵対している者だろうと、それこそいちいち憶えていられないほどに孟徳に阿る者たち。
 孟徳にはそれを責めるつもりはない。自分だって利なくして動くことなどない。
 むしろ己の利なくして動く者がいれば酔狂なことだと呆れるか偽善に満ちた愚か者よと嗤うだろう。
 それなのに今の花に対してはそのような気持ちはまるでわいてこない。
 それどころか、どうしてこの子の言葉はこうもまっすぐに心に響いてくるのだろうと憧憬の念すら覚える。
 自分なりにしっかり考えて選んだ不器用な言葉の裏にはあたたかな真心がある。
 何の裏も思惑もない、ありのままの飾らない気持ちを捧げられることはこんなにも人の心を凪ぐものなのか。
 だからこそ自分は花に惹かれ、花の何気ない一言に、何気ない行動に、こんなにも揺り動かされるのかと孟徳は気づかされる。

(やっぱり欲しいなぁ)

 ますます、欲しい。手に入れたい。
 いつもそばにいて、まっすぐな心を向け続けてほしい。
 ずっとそばにいて、嘘と媚のない瞳で見つめ続けてほしい。
 花より見目良く、教養もあって、男との恋の駆け引きに長けた女は他にわんさといるのに、孟徳が切実に欲しいと願っているのは今目の前にいるこの少女――花だけだった。
 孟徳ですら気づかぬうちに孟徳の中に花という名の春風が入り込み、恋という名の種を蒔き、そして――。

(どうやら完全に根付いちゃったな)

 それを自覚すれば、今まで孟徳を通り過ぎていった数多の美しい女たちが途端に色褪せていく。
 今まで花に対してかなり入れ込んでいた自覚はあったが、ここまでだったとは――と孟徳は敗北感に似た何かを感じて苦笑した。

「だから孟徳さん、なんで笑うんですか!」
「ごめんごめん、花ちゃんがあんまり可愛いから、つい」
「全然意味が分からないんですけど」

 なんとなく馬鹿にされているような気がした花がジト目で孟徳をねめつけるが、あまりに迫力のない睨み顔にかえって孟徳の頬が緩む。

「花ちゃんが可愛すぎて困るってことだよ」
「ますます意味が分かりません……」

 可愛いと言われたらいつもなら恥ずかしがる花も今回ばかりは拗ねたような眼差しを孟徳に向けるばかり。
 意味も分からず笑い倒されればそのような反応も示すだろう。
 そんな花を宥めるように孟徳はわざと人懐こい笑顔を作る。

「笑ってごめんね、悪気はないんだ」

 と今度は軽口に聞こえない口調で謝罪されたら、もともと温厚な気性の花の怒りなど持続するわけがない。
 何かを有耶無耶にされたのはすっきりしないけれど、孟徳の様子が柔らかくなったことは花にも分かった。ならばそれを善しとして、どうせまた孟徳にからかわれただけだろう、目くじらを立てることはないと花は気を取り直した。

「じゃあ孟徳さんは何かを悩んでいたとか愚痴を言いたかったとかじゃないんですね?」
「まあ悩みみたいなものはあったんだけど、今君と話したいのは昨日の話の続きなんだ」
「昨日の話、というと……?」
「源氏物語のことなんだけどさ」
「それがどうかしましたか?」
「参考までに、もう少し君の意見を聞きたくてね」

 何の参考にするのだろうと花は一瞬首を傾げるが、知識欲と好奇心が人一倍旺盛な孟徳のことだから何でも情報を吸収したがるのだろうとすぐに得心した。
 孟徳さんって本当に勉強家なんだな、と感心してさえいた。

「何をお話しすればいいですか?」
「まず最初に確認しておきたいんだけど、あの物語が作られた時代、物語の中だけじゃなく実際に君の国では権力者が正妻以外に複数の妻を持つことが珍しくなかったんだよね?」
「そうですね。庶民は多分違うと思いますが、貴族とか皇族とかは一夫多妻が当たり前だったみたいです」
「つまり当時の常識だったってことでいい?」
「はい、そうです」

 孟徳は花の答えに頷き、花を正面から見据えて卓に頬杖をついた。

「じゃあ俺から花ちゃんに質問。花ちゃんは、どうしてそんな仕組みが存在していたんだと思う?」
「え?」

 急に質問を振られ、花は目を瞬かせる。

「男という生き物が好色だから? 権力者はただ色に溺れて『はーれむ』を作っていたのかな?」

 孟徳の面持ちが意外なほど神妙に見えて、花はしばし真剣に考え込んだ。
 世の中の男性全てが好色だとは思えない。中には、一度に複数の女性を愛せず、妻は一人でいいと考える男性も少なからずいたのではないか。
 それでもあの時代、身分ある男たちは多くの女性を娶った。
 それはなぜか。
 そんなことを深く考えたことはなかったけれど、花はふと、昨日文若が問いかけた言葉を思い出していた。

『では、妻に子ができなかった場合はどうするのだ』

 その後、文若は何と言っていたか。

「……家を途絶えさせないため?」

 ぽつりと花が口にした。

「奥さんに子どもができなかったら困るから他の女の人も必要だってこと、ですか?」
「うん、多分そうだろうね。より正確に言うなら、万一子ができなかった場合に備えてというよりは、確実に血を残すために最初からたくさんの子が欲しいからだと思う」

 さらりと言われた内容に花は押し黙った。
 聞き様によっては自分の子どもたちを次代に血を繋げるためのストックとして見ているようで、そして女性を子を産む道具として見ているようで、なんだか嫌だった。
 そう言いたくて、けれど花は結局口をつぐんだ。
 現実問題としてまともな医療が望めない時代において、人の、とりわけ子どもの死亡率が高いことを花ももう知っているからだ。
 戦のみならず、ちょっとした怪我や病気でも、あっという間に人は死んでしまう。風邪ですら命取りになりかねないのだ。
 この世界に来てから花はそんな人たちを多く目にしてきた。
 昔の人たちも打算的なことは関係なく妻や子に愛情を持っていただろう。けれど厳しい現実からたくさんの子どもを持たざるをえなかったのだろうことも理屈として理解できた。
 だから花は何も言えない。

「光源氏の場合は本当に女好きだったから『はーれむ』を作ったんだろうけどね」

 重くなりかけた空気を払拭させるように、茶化すように孟徳が口の端を吊り上げた。

「多くの妻妾を持つのは理由がある。世間に認められてもいる。それでも花ちゃんは光源氏を認められない? おかしいと思う?」

 もう一度よく考えてから花は孟徳の問いに答えた。

「もしも私があの時代に生きた人間だったなら、おかしいとは思わなかったかもしれません。今も……、事情が事情だし、そういう仕組みも仕方ないことなのかなって思ってます」

 そこまで言ってから、「でも」と花は続けた。――孟徳を真正面から見据えて、きっぱりと言った。

「気持ちは別です。私なら、そんなのはやっぱり嫌です」

 強い意志の感じられる発言だった。
 孟徳はさらにもう一歩、踏み込む。

「だけど光源氏は全員じゃないにしても情をかけた女性たちを捨てることなくきちんと面倒をみてたんでしょ? 何不自由のない生活をさせて、優しくして、まめまめしく接して。それって、客観的に見ればいい夫だったってことじゃない?」

 源氏物語に「末摘花」と呼ばれる女性のエピソードがある。
 零落した宮家の姫君で、風雅を解さず、世間知らずで、不器量で。
 本来であれば到底嫁の貰い手のつかない条件にも関わらず、彼女は実情を知らずにうっかり手を出してしまった光源氏の妻の一人に納まり、その後穏やかな一生を送った。
 夜離れは別として、光源氏は手を出した女性を無碍に扱いはしなかった。傍に置いて何のメリットもなかったはずの末摘花ですら、責任を持って一生涯面倒をみたように。
 光源氏は多情であっても妻妾を大事にし、贅沢で安定した暮らしをさせた。それを考えれば、孟徳の言うように光源氏はたしかに女性にとっては誠実で理想的な夫と言えたのかもしれない。

「でも孟徳さん。いい暮らしをさせてもらったら幸せなんでしょうか。光源氏の奥さんたちが彼のことを本当に愛していたなら、贅沢をさせてもらうよりも彼を独り占めしたい気持ちのほうが強かったと思います」

 自分以外の女性を認めなければ愛する人の傍にいられないから、心を誤魔化して、あるいは心を殺して、光源氏に添うことを選んだのではないか。
 そうするしかなかったのではないか。
 そう訴える花の瞳は揺るがない。

「それが女の子の気持ち?」
「少なくとも私ならそう思います」

 うーんと孟徳が小さく唸る。
 頭の良い孟徳には花の考えを理解できているのだろう、理屈としては。けれど花の思いに同調できているようには見えない。実感としてよく分からないといった印象だ。
 ある意味当然のことだと花は思う。性差も関係しているのかもしれないけれど、それ以上に生まれ育った環境の違いに起因する価値観の溝はそう簡単に埋まるものではない。
 それならば、と花は再び口を開いた。

「だったら今度は私から孟徳さんに質問していいですか?」
「いいよ。何かな?」
「たとえば孟徳さんに心から愛する女の人がいたとして、その人を他の男の人と共有できますか?」

 一瞬、孟徳の呼吸が止まる。
 そして言葉を詰まらせたままの孟徳の目の前で、花は淡々と続けた。

「その人が孟徳さん以外のたくさんの男の人とも公然と関係していても、それが常識だからと平気でいられますか? 嫉妬もせずに、たくさんの男の人たちと同じ屋敷に住んでいられますか? その人が他の男の人の子どもを生んでも心穏やかでいられますか?」

 言葉を紡げないでいる孟徳に、花がとどめをさした。

「好きな人には自分だけを見てもらいたい、自分だけの人でいてほしいって、孟徳さんは思わないんですか?」

 しばらくの沈黙の後、花が見つめる先で孟徳が口を開いた。

「それは嫌だな。……うん、ものすごく嫌だ」

 実際は『ものすごく』どころの話ではなかった。
 孟徳なら我慢ならない。到底許せない。愛する女に関わる男が自分以外にいたら、全て消し去ってしまわないとおそらく気がすまない。
 花の問いを受けた瞬間に閃くように脳裏に浮かんだ一人の少女と彼女に群がる男たちの想像図に吐き気がした。
 花の手前、それを表情に出すことはないけれど―――どす黒い感情が今も孟徳の胸の中で渦を巻いている。

「なるほどね……」

 孟徳にとって花の発言はまさに目から鱗だった。
 男女の立場を逆転して考えたことなどなかった。
 夫に種がないならともかく現実的には妻一人に複数の夫という制度は生じないだろうが、立場を置き換えてみれば、たしかに愉快でない。
 他者の気持ちを知るためにはその者の立場になって考えることが不可欠だということを忘れていたわけではないのに。
 人から天才と評されている曹孟徳ともあろう者が、それが当たり前だからという固定観念にとらわれて、そんな単純な事実に気づけなかったのだからお笑い草だ。
 まさか一回り以上も年下の少女に教えられるとは。

「花ちゃんの言いたいことはよく分かったよ。……そういうことか」
「そういうことです」

 迷いなく言い切られ、孟徳の口元に微苦笑が浮かぶ。
 花がここまで遠慮なく言いたいことを言えたのは、おそらくこの国の婚姻事情を知らないからだろうと孟徳は思う。
 けれど同時にこう思いもするのだ。この子ならきっと、それを知った後でも、言葉を慎重に選びつつも、今と同じことを言ってのけるのだろうな、と。
 花はきっと自ら信じるものを曲げない。
 自分の持つ価値観を絶対視しているのではなく、自分の頭でしっかり考えた結果、それを信じて貫こうとするだろう。
 そして自分の気持ちを理解してもらおうと努力し、自分の考えを自分の言葉で伝えるのだろう。
 ――まさに今、花が孟徳にしてみせたように。

(これは想像以上に手強そうだなぁ)

 見た目は弱々しく頼りないのに、実際には芯が強くブレがない。
 孟徳からすれば情けない話だが、やすやすと孟徳のもとに落ちてきてくれそうな気がしない。
 だからこそ、この貴重で愛すべき少女を手に入れたいと孟徳はさらに強く思わされる。

「花ちゃんは、好きな男を独り占めしたい?」
「もちろん独り占めしたいです」

 きっぱり言い切った直後に頬を赤らめ、「実はまだ男の人をそういう意味で好きになった経験はないんですけど……」と恥ずかしそうに俯いた花に孟徳が破顔した。

「うんうん、すごく参考になったよ。ありがとう」

 花がいまだに初恋すら迎えていないことも、この国の婚姻制度についての花の考え方も、よく理解できた。

(俺の『当たり前』を貫けば君に嫌われちゃうってこともね)

 孟徳には予感があった。花へのこの気持ちが今以上に育ったら、得られるものも多いだろうがきっと自分は多くのものを手放すことになるのだろう、と。

(だけど、多くを捨ててもたった一つの得がたいものを得られるなら、それでいい)

 それが吉と出るのか凶と出るのかその時が来るまではわからないけれど、孟徳はそう遠くない日に訪れるだろうその日が楽しみでならなかった。






女の気持ちと覚醒する男

(2011/05/01)





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