僕が動くたびにギシリ、ギシリと軋む寝台の音が、姫には不吉な音のように聴こえているのかもしれない。
僕が一歩距離を詰めれば、姫が一歩後退して距離をとる。
じりじり、と。僕から目を逸らさずに、否、逸らせずに、狭い寝台の上で後ずさっていくその姿は震える野兎の如き愛らしさを見せる反面、僕が今までこの手にかけてきた獲物たちの姿を彷彿とさせて、僕をどこかやるせない気持ちにさせる。
しかし紛れもなく、今夜の姫は今夜の僕にとっての獲物なのだろう。
とん、と小さな音を立てて背中が壁にぶつかると、哀れな獲物はそこで自分が行き詰まってしまったことを知り、固唾を呑む。
前方には僕が、後方には壁が。
完全に退路を断たれた姫が、怯えとそれ以上の困惑に彩られた瞳で僕を見つめていた。
「……リオウ」
「どうしたの、姫? そんな顔をして。……僕が怖いの?」
姫は一瞬言葉を詰まらせるけれど、僅かに躊躇してから、それでも意を決したように小さく頷く。
「今夜のリオウは……少し、怖い……わ」
「そう、素直だね。……だけどね、姫?」
――今夜、僕は、もっと怖かったんだよ?
「たとえば、こんなふうに押さえ込まれたら、」
不意に自分に向かって伸ばされた腕に目を瞠った姫の体をそのまま寝台に押し倒すと、その細い両手首を一纏めにして片手で押さえつけ、その華奢な体に覆いかぶさった。
姫が呆然として僕を見上げるけれど、たっぷり数十秒は経ったところで、混乱か怒りか屈辱か悲しみからか……その全てからか、すでに涙目になっている瞳を細め、その拘束から逃れようと僕の体の下で力一杯もがき始める。
姫はきっと、今夜の僕の態度に困惑しながらも、こんな狼藉を働かれるなどとは流石に思いもしていなかったのだろう。
それはそうだろう。僕は初めて彼女を抱いた時でさえ、そう、彼女を陵辱したあの時でさえ、彼女を押し倒して押さえつけるような手荒い扱いはしなかったのだから。
「リオウ、やめて! 放して!」
「動けないでしょう? でも僕は片手しか使ってないし、ほとんど力を入れてないんだよ? それでも、非力な君では、僕の手を振り払うことすらできないんだ」
男と女では体力や腕力が決定的に違う。ひとたび男に本気で組み敷かれてしまったなら、女がいくら抵抗しようとも所詮は無駄な努力。ただ体力を消耗するだけのことだ。
諭すようにそう言い聞かせても、姫はぎゅっと目を瞑ったまま、嫌々をする子どものように、唯一自由になる首を激しく横に振り続ける。それは僕から逃れようとしてというよりも、また、僕の言葉そのものを否定してというよりも、僕の行動に対する精一杯の非難と抗議を示す仕草のように僕には見えた。
「それに、君には隙がありすぎる」
しゅるり、と音を立てて、彼女の夜着から腰紐を抜き取り――。
「何をするのっ!?」
ものの五秒とかからずに姫の両手首を腰紐で縛り上げ、それを寝台に括りつければ、彼女は今度こそ顔色を変えて差し迫った悲鳴を上げた。
姫は両手を引っ張ることで何とか紐をほどこうとするけれど、腰紐と寝台は固く繋がれているから、結局それも徒労に終わるだけだ。
それでもなお諦めようとしない姫を眺めながら、僕は冷たく言い放つ。
「無理だよ。ちょっと特殊な縛り方だから、たとえ両手が自由に使えたとしても君にはほどけないだろうね」
そんなにきつく縛ってないけど、あまり無茶をすると痕が残ってしまうよ?
そう耳元で囁いてから耳朶を甘噛みし、尖らせた舌先を耳の窪みにさし込み刺激を与えてやれば、姫はぶるりと身を震わせる。
「や、やめて……」
このまま僕のいいように扱われるのが悔しいのだろう。姫は首を竦めてその刺激から逃れようとするけれど。
――ああ、だけど。
その仕草が、その声が、ひどく、甘くて。
そんな声で拒絶してもかえって男を煽るだけだということも、やはり彼女は知らないのだ。いや、知っていたとしても、きっとどうすることもできまい。
もしも今夜、ジーンが気まぐれを起こさなかったなら………姫は今頃、誰とも知らぬ男の下で、今と同じ言葉を悲痛なまでに叫んでいたのだろうか。
………それとも、その心とは裏腹に、今のように甘く………?
ジリ……、と。
胸の奥が灼けるような音を聴いたような気がした。
――駄目だよ。
そんな仕草は他の誰にも見せてはいけない。
そんな声は他の誰にも聴かせてはいけない……。
気づけば僕は姫の頬を両手で挟みこんで、その唇ごと声を封じこめるように彼女の唇を塞いでいた。それも、普段ではありえないほどに荒々しい動きで。
しかし僕の一方的な振る舞いがいよいよ我慢ならなくなったのか、姫はそれ以上の僕の侵入を防ごうとしてすぐに唇を固く引き結ぶけれど………そうされればされるほど、固く閉ざされたその扉をこじ開けてみたくなるものだ、男とは。
僕は片手で彼女の頭を固定し直すと、口づけは止めぬまま、自由になった手を彼女の夜着の中へと忍ばせる。
彼女が驚いたように目を見開いたけれど、次の瞬間さらに強く奥歯を噛み締めたのは、僕の攻撃に耐えようとする意思表示と見ていいだろう。
ますます気丈なことだ。だけどその気丈さも、こんな状況では余計に男を燃え立たせるだけ。
愛しさと切なさがない交ぜになったような複雑な思いを噛み締めながら、僕の手は姫の体に官能の灯を灯すために、その体のラインをなぞるようにして下から上へと撫で上げていく。
素肌を這う手が柔らかな胸の膨らみに辿り着くと、それをやわやわと包み込み、揉みしだき、その弾力と手のひらに吸い付くような感触を存分に楽しむ。
姫の心がどれだけ頑なに僕を拒もうとも、男に抱かれる快楽を知り始めたばかりの体は素直なものだ。早々と固く尖ってしまったその先端を指で強く押し潰してやれば、姫は声にならない悲鳴を上げ、その腰が大きく跳ねる。
その一瞬に緩んだ唇を唇でこじ開けて、すぐさま舌を捩じ込み、奥で縮こまっていた小さな舌を引きずり出して絡めとる。ふとした拍子に逃げようとする舌を追いかけては捕らえ、また執拗に僕の舌に絡ませて……勿論その間中も僕の手は休むことなく彼女の胸をこね回し、その頂を優しく時に強く弄び続けることを忘れない。
それを繰り返し、十二分に姫の口内を味わった後、彼女の口の端から零れ落ちる唾液を掬うようにして舐めとり、そして彼女もまた口内で混ざり合った二人のそれを仕方なく嚥下するのを見届けたところで、僕はようやく彼女の唇を解放した。
二人を繋ぐ銀色の糸がぷつんと切れて……その視線の先で、ぐったりした姫が苦しげに眉を寄せて熱く荒い呼吸を繰り返している。
巧く息を継ぐことができず、しかも元々息が長いほうではないだろうから、今のような長く濃厚な口づけはさぞかし苦しかったことだろう。
しかし僕はそんな姫にさらに追い討ちをかけるように、今度はその片脚を持ち上げ、不躾なまでの性急さで彼女の中心部へと手を伸ばした。
さっきまでの口づけですっかり力が抜け切っていた彼女は咄嗟のことに体が対応できず、ただその愛らしい顔だけが愕然と歪むのだった。
「いやっ!」
僕の意図を悟って脚を閉じようとしても、もはや後の祭りだ。それより早く、彼女の花弁を素早く掻き分けて男を受け入れるべき窪みに指を挿し入れれば、途端に彼女の体が大きく跳ねて、甲高い悲鳴が上がる。
「あっ!」
「もうこんなに濡れてるよ。凄いね」
そこはもう僕の訪れを待ちかねていたかのように潤っていて、中を掻き回してやれば、ぐちゅりぐちゅりと卑猥な音を立てて僕たちの耳を刺激する。
この正直な反応の前では僕の言葉を否定したくても否定できず、姫はただただ羞恥に顔を紅潮させて、きつく目を閉じる。本当は耳を塞ぎ、顔を背けてしまいたい心境なのだろうが、両手の拘束がそれを許してはくれないから、せめてそうすることしかできないのだ。
「知っていたつもりだったけど、本当に感じやすいね、姫は」
「いやっ、もうやめて!」
口では「いや」だと言うものの。
一旦指を引き抜いて指を二本に増やし、挿し込んで、再び中を掻き回してやれば、彼女はすすり泣くような声を上げながら、無意識に腰を揺らめかせて僕に応えるのだ。……男を誘うように、それは淫らに。
「どんなに『いや』だと訴えても、ここで止める男なんていないんだよ?」
哀れむような声音だったと思う。
姫に対してだったのか、僕自身に対してだったのか。誰に対して哀れんでいたのかは、自分でもよく分からなかったけれど。
「……リ……オッ…………ど……して…………?」
荒い息の合間から切れ切れに紡ぎだされるその声が。
責めるような、そしてそれ以上に悲しみの篭ったその声が僕の胸を突いて、僕の心を切なく締め付ける。
「…………君が今夜、どれだけ危うい立場にいたか、分かる?」
やるせなさに目を細め、そう尋ねてみるけれど―――返事はない。
彼女がほんの一瞬、問うような、僅かに驚いたような眼差しを向けたような気がしたけれど……僕の言葉が今の彼女に正しく届いているかどうかは定かではない。
絶頂を目前にした今はむしろ苦痛のほうが大きいのだろう。姫は額から汗を滲ませ、甘い責め苦に必死に耐えるようにぶるぶると体を震わせ続けているから、他のことを考えている余裕などないに違いない。
「分かるはずがないよね……。こんな状況じゃ尚更か………」
ごめん、と。
姫には聴こえていなかっただろうが……ポツリと呟いてから、僕は彼女の内壁のある一点を軽く引っ掻いてやった。そして姫が一際大きく反応を見せたそこを重点的に擦り続けてやれば――。
そう時間はかからなかった。
ビク、ビク、と腰を浮かせたかと思うと全身を強張らせて――、姫の身は弛緩し、そのまま力なく敷布へ深く沈み込んでいく。
そして。
姫の荒い息遣いだけが、この場を満たしていくのだ。
姫の両手首を括っていた腰紐をほどき、手首に痕が残っていないことを確かめてから、ぐったりと横たわる彼女の姿を無言で見下ろす。
寝台に力なく手足を投げ出し、瞳を閉じたまま息を弾ませ、その頬に一筋の涙を光らせて……彼女は今、何を思っているのだろう。
そして、僕が今感じているこの想いは何なのだろう。
後悔なのか、罪悪感なのか、自己嫌悪なのか、それとも……。
彼女の意志に反してのことではあったが体を火照らせている姫とは対照的に、僕の心と体は冷め切っていた。今までずっと、愛しい人が悶える様子を遠くから他人事として眺めているような、そんな感覚だった。
無防備な姫にそれを思い知らせたかった。その危うさを姫に分かってほしかった。
だけど今、僕の心は何一つ満足していない。むしろ空っぽだ。
ひどく虚しい……そう、ただ虚しいだけ。
僕は姫を見下ろしたまま、姫の瞼が開く瞬間を待った。
その瞳に僕が映ったその瞬間、彼女はきっと嫌悪に顔を歪めることだろう。そして僕を非難し、罵倒し……もしかすると二度と僕に微笑みかけてくれなくなるのだろうか……と、どこか現実感を伴わない、何もかもが麻痺したような感覚の中で、そんなことをぼんやりと思いながら、僕はただその時を待った。
長かったような、短かったような時間が経過し……実際にはせいぜいほんの数分のことだったのだろうが、審判の時はやってくる。
ようやく息が落ち着いてきたらしい姫の瞼がゆっくりと開き始め――そして僕はそれを、……スローモーションのようにさえ思えるその動作を静かに見守るのだった。
やがて黄金色の瞳が僕を捕らえる。
しかし。
次の瞬間、僕は絶句した。
何故ならば。
僕を目にした途端に姫は何かに驚いたように軽く瞠目し、そして途端に泣き出しそうな顔になって、僕に向かって両腕を差し伸べてきたから――、その両腕が僕を包み込むようにして、柔らかく僕の背中に回されたからだ。
予想していたような軽蔑や嫌悪の表情も非難や罵倒の言葉も一切なく、母親が子どもを慈しんで抱きしめるかのように。
優しく密着する二つの体から姫の鼓動とともに、……互いの夜着を挟んでいるはずなのに、その下の肌の温もりがじんわりと伝わってきて、それがそれまで凍り付いていた僕の中の黒い何かを静かに溶かし始めているかのような、そんな錯覚を起こさせる。
背中に回されていた手はいつの間にか位置を変え、――気づけば僕は姫の腕に包み込まれるように頭を抱かれていた。
そして、彼女の繊細な指があやすような手つきで僕の髪を撫でる。
「……どうして」
咎めないのか。
どうして、こんなに優しく僕を抱きしめるのか。
ただそれだけを呟けば、だって……と小さな声が返ってくる。
「リオウが……泣き出しそうな顔をしているから……」
「…………え……?」
「……気づいてないの?」
「…………」
僕が泣き出しそうな顔をしている?
そんなこと、分からない。泣くという行為も、泣きたくなる気持ちにもあまり慣れていないから、よく分からない。自分が今どんな顔をしているのかさえも、何故か今は分からない。
でも僕はきっと、この上なく情けない顔をしているのだろう………姫が僕を咎めるどころかその身に包み込まねばいられないほどに。
「ごめんなさい、リオウ」
震える声で姫が言った。
唐突だったし、ましてやこの状況で謝らねばならないのは彼女ではないから、僕は素直にそれを尋ねた。
「……何を謝るの?」
「もしかして私……。いいえ、もしかしなくても私は今夜、とても危うかったのね?」
そして姫はそこで苦しそうに眉を寄せ、目を伏せた。
僕に触れている指が小刻みに震えていると思ったのは、おそらく僕の気のせいではないだろう。
「それも……一歩間違えれば、貴方とこうして触れ合うことも、それどころか貴方の姿をこの目に映すことさえ、もう二度と、叶わなくなるくらいに………」
そうでなければ貴方はあんなに怒りはしない、訳もなくあんなことをしたりしない………そうでなければ貴方がこんな顔をするはずがない、と続けて。
「だから、貴方にそんな顔をさせて本当にごめんなさい」
貴方をこんなに傷つけてごめんなさい、と。
透明な涙を流すのだ。
「姫……」
無体を働いて姫を散々怯えさせたのに。傷つけたのは僕のほうなのに。
それでも僕でなく自分を責める姫が切なくて、愛しくて。あんなふうに黒い感情をただぶつけることしかできなかった自分がとても情けなくて。
この時僕は、泣きたくなる気持ちを心底理解できたと思う。痛切に思い知ったと思う。
たぶん、今感じている気持ちがそれなのだろう。そして僕は今、今にも泣き出しそうな顔をしているのだろう。
僕の中に最後に残っていた黒い淀みが、この彼女の涙によって完全に洗い流されてしまったのだろうか。今は、頬を叩かれて唐突に悪い夢から覚めたかのような、そんな心地だった。
そしてひとたび正気に戻ってしまえば、後に残るのは姫を泣かせたことへの罪悪感で、……それがひどく苦く、ひどく痛かった。
僕は……、とポツリと漏らせば、姫が静かに僕に視線を合わせる。
「君に、自分がいかに無防備で危ういのかということを知ってほしかった。だけど実際は、そのもどかしさを怒りに変えて、一方的に君にぶつけてしまっただけなんだと思う」
「リオウ……」
「今夜君を失うかもしれないと思った時、僕の中で何かが決壊した。そして僕は、そこから溢れ出た激情を抑えることができなかったんだ」
――姫を失うかもしれない恐怖が、僕を黒一色に塗り変えてしまった。
「姫、ごめん。君が謝ることじゃないんだ。僕のほうが……」
そこで、それ以上の言葉は封じられてしまう。姫の人差し指がそっと僕の唇に触れることによって、優しく。
戸惑い、問うように姫を見つめれば、彼女はどこか自嘲気味にも思える微笑みを浮かべて、静かにかぶりを振った。
「もう言わないで。今夜の貴方が怖くなかった、腹立たしくなかったと言えば嘘になるけれど……それでももう謝らないで」
「だけど」
「元々私の軽率さが招いた事態ですもの。それに、今夜のことを何も覚えていない私よりも、全てを知っている貴方のほうが、もっと怖かったと、もっと辛かったと思うの」
だから。
こんなに心配をかけてごめんなさい、こんなに私を大切に思ってくれてありがとう、と、そう言って。
彼女は僕の唇に、そっと自分のそれを重ねるのだ。
姫からの口づけは初めてで僕は一瞬目を見開いたけれど、そこから伝わる彼女の熱が、そして彼女の想いが痛いほどに染み入ってくるような気がして、僕はただその温もりを心と体に刻み込みながら、そっと目を伏せるのだった。
ただ唇が触れるだけの、幼い口づけ。
想いを伝えるにはその情熱を全てぶつけるように激しくその唇を奪えばいいのだと思い込んでいたけれど――何も知らなかったのは僕のほうなのかもしれない。
ただ触れあうだけのこの口づけが、ひどく尊いもののように……そう思えた。
ややあって唇が離れていくと同時に離れていく熱を名残惜しく思いながら、僕は彼女の耳元に囁きかけた。乞うように彼女に求めた。
――今、抱いていい? と。
「今、君の熱を感じたい。君の中の熱まで、全てを感じさせてほしいんだ」
「……うん。私を全部感じてほしい。そして私にも、リオウの熱を感じさせてほしい」
ふわりと、花が綻ぶような微笑みで彼女は僕に応えて――。
もう言葉は要らなかった。
僕は姫の夜着を脱がせて、自分もまた夜着を取り払い、それを寝台の下へと落とす。
横たわる姫の唇にもう一度だけ口づけを落としてから、彼女の脚を開き、その間に体を滑り込ませた。
少し前に指だけで愛したその場所に再び触れれば、達したばかりのそこは充分すぎるほどに蜜を滴らせて僕をいざなっている。
これは僕のものだ。
他の誰でもない、姫が僕のためだけに溢れさせた、甘い蜜。
愛しむように指先でその蜜を掬いとり、戯れるような仕草でぷっくりと膨れた敏感な場所に擦りつければ、もうそれだけで彼女の唇からは切なげな吐息が零れ出る。
愛しい。
僕の全てが彼女だけのものであるように、この心も体も、僕だけのもの。
他の誰にも触れさせはしない。
姫は熱に冒されたように瞳を潤ませて僕を見上げた―――来て、と、語りかけるような艶やかさで。
そのねだるような表情に誘われて、僕はゆっくりと彼女の中に入っていく。
「ああ……っ!」
姫の白い首が仰け反り、その衝撃を僕にまざまざと見せ付けると同時に、男を受け入れ慣れていない彼女のそこは容赦なく僕を締め上げてくる。
加減を知らぬその締め付けと灼けつくような熱さに危うく目が眩みそうになりながら、奥歯を噛み締めるようにしてなんとかそれをやり過ごすと、切ない息を吐きながら僕に向かって差し伸べてくる姫の両手を取り、指を絡める。
姫の瞳から溢れ出る涙を唇で拭い、絡めた指先に力を篭めた。
動くよ、と告げて、ゆっくりと動き始める。
しかし緩やかな動きは僅かな間のことで、僕の動きは徐々に激しくなり、二人の熱く弾む息遣いと肌がぶつかりあう音だけが室内に響き渡る。
何度も角度を変え、深さを変え、揺さぶれば、彼女は打てば響くような素直な反応を示し、体を戦慄かせる。
僕は眉根を寄せて今にも放ってしまいそうな衝動に耐え、激しく彼女に自身を打ちつけていく。
そのたびに、彼女が鼻にかかったような甘い声で啼き続けるのだ。
僕は知っている。僕が感じている姿で、姫がますます感じてしまうことを。
そしてそれは僕も同様で。彼女が僕に感じている姿は、僕をたまらない気分にさせる。
もっと感じてほしい。もっと感じさせたい。
――もっと、感じたい。
互いに、そう願って、僕たちは揺れ続ける。
僕たちは互いに互いの感じている姿に酔いしれ、よりいっそう己を昂ぶらせながら、二人で生み出す快楽をともに貪り続けるのだ。
「リオウ……リオウ……っ」
僕の体の下で、何度も何度も僕の名を呼びながら乱れる彼女が愛しすぎて、また僕を泣きたいような心地にさせるのだ。
ああ。なんて愛しい――。
「私、もうっ……!」
切迫した声に追い立てられるように。
僕は姫の体に何度も何度も自分を刻み付けるように動き―――やがて僕たちは共に果てた。
■□■
互いの体を抱きしめあい、互いの体温に浸りあい――。
ようやく呼吸がようやく落ち着いた頃、お願いがあるの、と僕の腕の中でおずおずと声をかけてきた姫に視線を落とせば。
「明日、陽が明るいうちに、一緒に林に行ってくれる?」
と、少し言いにくそうに、上目遣いに僕を見上げている瞳にぶつかる。
「あれがもしも罠だったとしても、あの子猫には罪はないでしょう? せめて傷の手当てだけでもしてあげたいの。……リオウが一緒なら、いいでしょう?」
駄目? と縋るような目で見上げられれば………僕に拒否できようはずがない。
我知らず、苦笑が零れていた。
「どうして笑うの?」
叱られるのではないかと姫は内心ビクビクしていたのだろう、まさか僕から苦笑いが返ってくるとは思いもしなかったに違いない。姫は、少し拗ねたような、しかし明らかに安堵したような表情を見せ――それがまた僕を苦笑させるのだった。
「フフッ、どうしてかな」
姫らしい。
もしかしたら罠かもしれなくても、それでもその子猫を見捨てられない彼女の、その底抜けの優しさが――本当に、彼女らしくて。
ここまで徹底していると、もう怒れやしない。
優しさを、信じることを捨てきれない……否、諦めない、――それが彼女という人なのだから。
僕だって、姫のその優しさ温かさに惹かれたのだ。そう、結局僕は、こんな彼女だからこそ、こんな彼女を丸ごと全て愛しているのだ。
ストン、と。
音を立てて、僕の中から力が抜けたような気がした。
姫は姫らしくあればいい。
その分僕が今以上に目を光らせればいいだけのことだ。
――今夜のような失態は、もう二度としないと誓うから。
その子猫が罠だったとしたら――?
あの場は姫を諭すためにそう言ったけれど、おそらくその猫に関して言えば、十中八九、王族暗殺とはなんら無関係のただの猫なのだろう。
姫という獲物をおびき出してもそれを狩ろうとする射手がいなければ意味がなく、もしも猫という餌を仕掛けた射手があの場にいたのなら、ジーンが気づかないわけがないのだから。
無論、これからも僕自身は、ありとあらゆるものを疑うことを止めないけれど。
でも明日は。
「いいよ、一緒に行こうか」
「本当にいいの?」
「だけど、僕の傍から離れちゃ駄目だよ?」
明日だけじゃなくて、これからも。
――未来永劫、ずっと。
悪戯っぽくそう言うと、姫は頬を赤らめて、しかし嬉しそうに目を細めて、僕の首へと腕を回してきた。
「……リオウも私の傍から離れないでね?」
「愚問だよ」
何があっても絶対に離さないから。
――絶対に、守ってみせるから。
僕たちは再び視線を交わし、引かれ合うように唇を重ねた。
そしてまた確かめあう―――交ざりあう、二人の熱を。
(2006/02/08)