Mordred + Medraut (Princess Arthur)


 おや? とモードレッドは足を止めた。
 円卓の騎士のみならず兵士たちも利用する鍛錬場で、ついぞ見かけたことのない人物の姿が目にとまったからだ。
 もっとも鍛錬場でと言ってもその人物は鍛錬場横の柱の影に立っているだけで、鍛錬場の中に足を踏み入れているわけではないのだが。
 彼がこの周辺に姿を見せること自体が稀だ。
 珍しい奴が珍しい場所にいるものだと思ったのは一瞬。ふと彼の視線を辿れば、ランスロットと三つ編みの少女が剣を交えている姿が見えた。
 少女は必死な顔をして剣を打ち込んでいるが、ランスロットは余裕顔が示すとおり悠々とそれを捌いている。
 彼の実力は承知の上で、それでもやはり一方的にいいようにあしらわれるのが悔しいのか少女はますますムキになるものの、ランスロットは笑みを深めてそれを軽くいなす。
 またしても少女は攻め方に変化をつけてランスロットに向かっていき、逆に彼の巧みな導きよって剣筋を調整される。――その繰り返し。
 汗を光らせつつ果敢にランスロットに挑み続ける少女の姿はひどく眩しかった。
 剣技だけの話ではなく、彼女はいつだって一途に前を向き、目標に向かって懸命に突き進もうとしている。
 この城に来て間もない頃の彼女は常に自信なさげでどこかおどおどしていたものだったが、今この時はまるでそんな印象はない。
 思わず目を細めたモードレッドの視線の先で、騎士と少女の鍛錬風景をぼんやり眺めていた青年もまたモードレッドと同じように目を細めていた。
 けれど、ただひたすら少女に憧憬の念を抱いているモードレッドとは違い、彼の瞳に浮かんでいるのは憎悪と羨望が入り混じった複雑な感情。
 さもありなんとモードレッドは思う。
 前王ウーゼルと王妃ギネヴィアに子がなかったため、王族の血を引く彼は次代の王となるべく厳しく育てられ、彼自身もそのためだけに生きてきたと言っても過言ではない。
 王位そのものが欲しいのではなく、一心に寄せられる母親の期待に応えなくてはならないという強迫観念にも似た思いによって、メドラウトは人生を捧げてきたのだ。
 帝王学を治め、剣技を磨き、実力で円卓の騎士に名を連ねもした。
 それなのに、そこまでしても結局聖剣に選ばれることのなかった悲運の王子。
 それが彼――メドラウトだ。
 そして望んでもいないのに聖剣に選ばれて王となり、メドラウトから全てを奪った張本人こそが鍛錬場で剣を振るっている少女ことアルだった。
 メドラウトはアルを憎んでいる。
 と同時に、羨望せずにいられないのだ。
 立場は真逆とはいえ、聖剣によって人生を狂わされ、望まざる立場へと追いやられたのはメドラウトもアルも同じ。
 メドラウトはいつまでも腐るしかないのに、アルは傷つき涙しながらも前を見て歩き続けようとする。
 自分にはできないことをやってのける彼女が羨ましく、誰よりも妬ましいと思っている。
 そしてもう一つ、もしかしたら彼自身は自覚がないのかもしれないけれど、メドラウトが彼女に憎しみを抱いている理由は、おそらく―――。

「そんなに羨ましいなら君もまじってきたらどう?」

 モードレッドが悪戯っぽく声をかけると、メドラウトが弾かれたように後ろを振り返った。
 あっさり背後を取られてよほど屈辱だったのか、あるいは見られたくない場面を見られたとでも思ったのか、メドラウトの整った顔が憎々しげに歪む。

「王族ともあろう者がこっそり覗き見なんて、かっこ悪いと思うんだよね」
「別に覗き見なんてしていない。僕はただ、ここを通りかかっただけだ」

 モードレッドを激しく睨みつけながらメドラウトは言い、フンと嘲るように鼻を鳴らした。

「だいたい僕を覗き見していたのはおまえのほうじゃないか。おまえも小国とはいえ一国の王子だったはずだよな? さすがに落ちぶれた国だけあって育ちの悪いことだ」
「育ちの悪さは否定しないよ、なにせ俺はこのキャメロットに出稼ぎに来ているようなものだしね」

 おどけるように肩をすくめ、モードレッドは小さく笑った。
 けれど次の瞬間、表情を引き締めてメドラウトに向き合う。

「俺のことはどうでもいいけど一言忠告しておくよ。彼女はもうランスロットのものだから、あんな目で見つめたって無駄だよ?」
「……おまえが何を言っているのか僕には全く分からない。だけど、知ったような口で僕のことを語るな。次におまえが僕を不愉快にさせるようなことを口にしたら、その時は――斬る」

 メドラウトはモードレッドを射抜くような視線でそれだけを言い残し、その場から立ち去った。
 誰もいなくなった回廊でモードレッドはぽつりと独りごちる。

「知ったような口と言うけど、実際に俺には分かるんだよ」

 立場や目指すものは違えども、愛情の希薄な親と稀なる血統によって人生を縛り付けられ、闇の中でもがき苦しんでいるのはメドラウトだけでなくモードレッドも同じこと。
 モードレッドは近いうちにアルを祖国復興のための生贄として捧げなくてはならないのだ。
 いっそ彼女がいなくなればこの苦しみから解放されるのだろうか――とおそらくメドラウトが思っているのと同じように、モードレッドもまた同じことを思っている。
 そう思うのに、視線は常に彼女を追わずにいられない。
 それも、メドラウトと同じだった。

「おまえを見ていると鏡を見ているようで腹が立つんだよ、メドラウト」

 八つ当たりだと分かっている。
 それ以前に彼女はもうランスロットのものだということも分かっている。
 分かっていても、モードレッドは彼女を熱く見つめる他の男の瞳がどうしても許しがたく、我慢ならなかったのだ。






Mordred + Medraut

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