張蘇双+関定 (十三支演義)


「ボクは曹操が大嫌いだ」
「あー? どうしたよ、いきなり」
「いきなりじゃないよ。ボクは、曹操がボクらの村に押し入ってきたあの時からずっと、あいつが大嫌いだ」
「だけど、その曹操と関羽は明日祝言をあげんだぜ?」
「わかってるよ。だけど、嫌いなものは嫌いなんだ」
「まあ、な。あれだけ酷い目にあわされてきたんだ。普通に考えりゃ、それなのに曹操に惚れちまった関羽のほうがおかしいんだよなぁ」
「そうだよ、関羽はどうかしてる。曹操の一番の被害者は関羽じゃないか。それなのに、どうして……!」
「気持ちはわかるけど、今更言っても、しょうがねぇだろ? あの張飛だって、いまだに陰で毎日めそめそ泣いてっけど、関羽の前じゃ、ちゃんと祝福してるんだからさ」
「……張飛の奴、こんな時ばっかり大人ぶっちゃってさ」
「おいおい、ごねればいいのにって口ぶりだな」
「物分かりのいい張飛なんて張飛らしくないって思ってるだけだよ」
「まあ、お前の場合、そんなにあっさり張飛に引き下がられちゃあ、面白くないよな」
「……なに、それ」
「毒舌なくせに実はすっげえダチ思いのお前はさ、ダチを大事にするあまり遠慮して、ガキの頃からずっと胸に秘めた想いを隠し続けてきたわけだしなぁ」
「何言ってんのさ、関定」
「……お前さ。関羽が曹操のものになっちまう前に、張飛にも劣らない積年の想いをぶちまけてみる気はねえの?」
「………関定が何のことを言ってるのかは、わからないけど」
「わからないけど?」
「それこそ今更でしょ? 関羽は曹操が好きで、曹操と幸せになりたいって望んでるんだから。たとえさざなみ程度だとしても、今更関羽の心に余計な波紋を生じさせたくないよ」
「蘇双……」
「関羽が幸せなら、それでいいよ」
「……お前、女顔のくせに男気あるよなあ。まぁもっとも本音は、単にあいつに振られるのが怖いだけかもしんないけどさ」
「………殴るよ、関定」
「おう、一発ならいいぜ。それでお前の気が晴れるなら」
「何か悪いものでも食べたの?」
「長年のダチに向かって、なんて言い草だよ」
「腐れ縁ってだけでしょ」
「素直じゃねーな。ま、それでこそお前だけどな」
「さっきからずっと余計なお世話だよ」
「なあ蘇双、たしかに関羽はいい女だけどさ、世界は広いんだ。関羽より可愛くて女らしくて強くて性格のいい女の子は捜せば他にもいるはずだ」
「関羽より女らしい女の子は捜さなくても、その辺にうじゃうじゃいそうだけど、関羽より強い女の子なんているのかな」
「……呂布くらい?」
「ボク、呂布は曹操の次に大嫌いなんだけど」
「よくよく考えれば、あれは鬼女だから『女の子』じゃないな。てことで、呂布は除外な」
「ていうか、女の子はそんなに強くなくていいよ。関羽だって、あんなに強いからいけないんだ」

 そうだ。あんなに強いから関羽は曹操に目を付けられた。
 あんなに――猫族の誰よりも強いから、関羽に惚れていた男たちは自分に自信が持てず、彼女に想いを伝えることができなかったというのに。
 その関羽を守れるほどの武と才覚を持ち、突然横から関羽を掻っ攫っていった挙句、関羽からも愛されたあの男が妬ましい。

「だけどさ、関羽を助けるために自分の命まで投げ打とうとした曹操なら、きっと、あいつを幸せにしてくれんじゃねえかな」
「わかってるよ」

 そんなこと、わかっている。
 関羽を幸せにできそうにないなら、どんな手を使ってでも関羽をあの男から引き離したのに。
 たとえ五十万の軍勢を差し向けられようとも、関羽をつれて逃げたのに。
 だけど、あの男は関羽を幸せにするだろう。
 今まで一族のためだけに生きてきた関羽は、これからはきっと愛する男に守られながら、自分のための幸せを掴むことができるのだろう。
 猫族の誰も――張飛や世平や蘇双や、劉備でさえ真の意味で叶えてやることのできなかったことを、あの男がやってのけるのだろう。
 だからこそ。

「やっぱりボクは曹操が大嫌いだ」

 蘇双は不貞腐れるようにそう言った。






張蘇双と関定

(2012/10/05)






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