某副寮長の独り言


今夜はとても疲れたよ。
なぜかというと、僕の祖父、一条麻遠、通称「一翁」が月の寮にやってきたせいでね。


僕のお祖父様は、もともと自尊心が強い上に、最古参の吸血鬼であるということをこの上なく誇りに思っているんだ。
だから良くも悪くも、自分というものの在り方、見せ方に、並々ならぬこだわりを持っている。
誰よりも誇り高く、誰よりも吸血鬼らしくあれ、と自分自身に定めているんだ。
それ自体は悪いことではないんだけど……。


たとえば、今夜の登場の仕方。
月の寮のドアを突風で突き破るようにしてお祖父様は現れた。
いかにもお祖父様らしい演出だよ。ド派手の一言に尽きる。
だけどあれはないよね。吸血鬼も人間も、基本的なマナーは同じだ。普通に、静かにドアを開けて入ってくるのが自然だよ。
人間の空想の産物であるエセ吸血鬼じゃあるまいし。
どうもお祖父様は独自の吸血鬼像に毒されている節があって、いけない。
そして皆の前に現れた貴方は「そのようにかしこまる必要はない」とかなんとかいかめしい顔をして言ってたけど、孫である僕の目は誤魔化せませんよ。
貴方は天性の目立ちたがり屋だ。自分の登場に皆が生唾を飲んだ様子を見て、「フッ。今のは決まったな」と心の中では自画自賛、狂喜乱舞していたはずだ。違いますか?
――だけどね、お祖父様。
皆が息を呑んで微動だにしなかったのは、貴方を恐れていたからじゃない。いい年をしてカッコばかりつけたがる貴方を、ただ呆れていただけなんだ。
今時の吸血鬼はこれみよがしな黒衣のマントを翻したり、健脚にもかかわらず杖を持ち歩いたりしません。
要するに、時代錯誤な貴方に、皆、ドン引きしていただけなんだ。
ああ、僕は恥ずかしい。一条家の者全てが、こんなふうに芝居がかっていると思われでもしたら……!


しかも枢の手に口付けようとして、藍堂と瑠佳に阻まれたとき。
お祖父様は本気で怒っていましたよね。そんなに枢に口付けたかったんですか?
枢が後見人としての貴方を不要だと言いきった本当の理由を、貴方は知らないでしょう。
言いたくはありませんが、貴方が何かにつけて枢に触りたがっていたからなんですよ。
枢は性別を超えて人を惹きつける魅力があるから、分からないでもないけれど。僕は身内として、貴方にお稚児趣味があるとは思いたくないけれど。
でも、他人の前では誤解を招きかねない言動は慎んでいただきたいんです。
今夜だって、あんなギラギラした目で枢を見つめるんだもんな。そりゃ、藍堂や瑠佳が貴方と枢を引き剥がしたくなって当然ですよ。


それに……。
これだけは口が裂けても貴方に伝えるわけにはいかないけれど。
僕は見てしまったんだ、枢が――。
枢が、貴方に口付けられた手を、薬用石鹸で何度も何度もしつこいくらいに洗っていたことを――。


貴方は枢に嫌われています。それも半端じゃなく。


だからお祖父様、これ以上枢にちょっかいを出すのはやめてください。僕に枢を見張れと命じるのもやめてください。
何のためですか? 枢の弱みを握って、貴方は何をしようというのですか。
枢の友人として、また貴方の孫としても、お願いします。枢のことは諦めてください。それが貴方のためでもあるのです。
後生ですから、早く隠居して、静かに余生を送ってください……。


(2005/10/16)





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